Musica Neurochirurgianaと音楽の楽しみ

初代団長 高倉 公朋(1932 - 2019)

東京大学名誉教授、東京女子医科大学名誉教授・元学長

1992/10撮影

1987年、私が日本脳神経外科学会総会を開催したときに、楽器を演奏している音楽好きの会員が大勢いるので、学会に集まる機会に一緒に演奏できる楽団を作ってはどうかと考えた。バイオリンを弾く松谷雅生助教授(当時)と相談して楽団を組織し、脳神経外科医の楽団という意味で、Musica Neurochirurgianaと名づけて、総会の懇親会で第1回の演奏を行った。会員が集まって練習できる機会は少ないので、1年に1回、夏に1泊2日の合宿をして練習を続けている。この小さな楽団も、以来20年以上(注:30年以上になります)続いており、演奏技術も少しずつ向上しているように思う。私が総会を開催したときに、絵画と写真を会員から集めて美術展覧会を行い、Art Neurochirurgianaと名付けた。展示された作品を見た方々からの投票により、学会長賞を差し上げることもできた。しかし、この美術部会は、この総会のときだけで消えて絶えてしまった。音楽の演奏のように、会員が集まって一つの目的を共にすることが永続きする理由であろう。

音楽を合奏するためには、楽譜を読み、手指・腕等を動かして楽器を鳴らし、指揮者の命令に合わせ、さらに他の演奏者の音を聞きながら自分の楽器を弾き、美しい音楽を作り上げなければならない。絶えず脳と神経・筋肉を使わなければならないし、私のような後期高齢者の認知症予防には役立つであろう。ちょうどチーム医療で成果を上げる脳神経外科の手術に似ている点もあるかと思っている。オーケストラや室内楽の演奏をするときに、やさしい曲から次第に難しい曲へと挑戦することになるが、難曲も何度も練習していると弾けるようになる。脳外科手術で次第に難しい手術に挑戦する気分と似ているようである。大勢で合奏するときに、美しいメロディーを弾いている人の演奏を聴きながら、その音の流れを伴奏するのも楽しいことである。ベテランの脳神経外科医の巧みな手術の技を助手として介助するときと似ているかもしれない。

音楽の究極の楽しみは、作曲家の曲に込めた思いをたずねることであろう。モーツァルトの鎮魂ミサ曲を聴くと、モーツァルトが死を前にした時の永遠の想いが切々と伝わってくる。チャイコフスキーの曲からは、ロシアの広大な大地の静かに広がる風景が目に浮かんでくる。また、ニューヨークフィルハーモニーの常任指揮者を長年務めたバーンスタインが作曲したウエストサイド・ストーリーは、シェイクスピアのロミオとジュリエットの悲恋物語のアメリカ版で、白人のトニーとプエルトリコ人のマリアとの果たせぬ恋の物語であるが、この貧しいプエルトリコ人移民が主役の人種間の争いに基づく物語は、20世紀のニューヨークでしか生まれることがない物語である。優れた音楽家の目に映った、一面繁栄して見えるニューヨークの裏に潜む現代アメリカの悲劇がこの音楽に表現されている。

音楽の楽しみは果てしないものである。

(雑誌「脳神経外科速報」2009年9月号より)

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