早川 正昭先生を悼む

  1999年から2014年まで、Musica Neurochirurgianaの常任指揮者としてご指導いただいた早川 正昭先生が、2024年8月20日に逝去されました。

心よりご冥福をお祈りし、ここに追悼ページを開設いたしました。

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直接・間接私に関わった人すべてに、感謝します。本当に有り難うございました。充実した本当に良い人生でした。世界の平和と皆様のご健勝を願っております。     早川 正昭

(早川先生ご自身のエンディングノートより)

 

<ありし日の早川先生の文章>

楽団創立30周年記念誌への寄稿より2018/10  執筆)

祝30周年

名誉指揮者 早川 正昭

 創立三十周年おめでとうございます。

 指揮を松谷先生から依頼されて初めて皆さんとご一緒してから、もう20年以上過ぎたとは感無量です。

 最初に練習に伺って驚いたのは、自分が楽しみながら人も楽しませる事ができる程の名手が沢山おられることでした。それほどの名手でなくても(そこがオーケストラの良い所ですが)、人を楽しませる事に貢献しておられる方ばかりで、お忙しいのに時間を割かれて熱心に楽譜に向かっておられる姿に感動した覚えがあります。それが30年も続いたのですから大したものです。そのために色々と世話をされた方に敬意を表します。本当にご苦労様でした。

 お医者さんには、音楽や美術といった芸術的な趣味をお持ちの方が多いようです。私の祖父も医者でしたが、尺八が得意で「宮城道雄と合奏したことがある。」というのを自慢にしていました。

 他の人から、無名だった宮城道雄の才能を見出して世に送り出したのが祖父だったと最近聞きました。父も医者でしたが、子供の頃の私にヴァイオリン、ギター、フルートを教えてくれましたし、遺品には、バラライカ、バンジョー、アコーディオン、オカリナ、三味線、尺八などもありました。

 その一人息子だった私は、当然の事として医者になるつもりで大学に入りました。しかし、大学に入ってから趣味のつもりで習った作曲の先生(当時、芸大の助教授)に「君なら音楽で喰いっぱぐれないよ。」と言われたので、医者は、人の命を救ったり苦しみを和らげたりする尊い職業だと分かっていながら、医者が大変な仕事だとよく知っている私は、好きな事で喰えるのならその方が良いかなと考え父に相談しました。父は「自分も音楽家になりたかったけれど医者の長男だから医者になったのだ。」と言って許してくれました。

 専門にしたら、好きだなどとは言っていられない現実がありますが、もし私が医者になっていて、このオーケストラの事を知っていたら、きっと夢中になっていただろうと思います。

 いつまでも末永くこのオーケストラが発展されますように祈ります。